writer 齋藤萌
「心地いいおしゃれの見つけ方」をテーマに、自分らしい着こなしやおしゃれのルールを持っている人たちをご紹介しています。
第2回目は、2020年にはじまったブランド「quitan(キタン)」のデザイナー、宮田・ヴィクトリア・紗枝さんです。
ついつい集めてしまう民族衣装。ルーツを知れば洋服はもっと楽しい
宮田さんはちょっと人とは違うユニークな視点で洋服選びをしています。というのも、彼女が見せてくれたのはどれも民族衣装ばかり。生産国はインドにフランスにトルクメニスタンなど、多岐に渡っています。中には着ていないものもあるそうで、その行動はさながらコレクターのようなんです。
色鮮やかな刺繍や見たこともない形の洋服たちは、どれも興味をそそります。これらはどういった視点で集められたものなのでしょうか。
「洋服ができあがるまでのストーリーにとても興味があるんです。
例えばこのジャケットは、インドの遊牧民であるラバリ族の男性衣装です。胸の下からひろがったプリーツがとても特徴的で、丈が短いから少しかわいさも感じさせます。
プリーツというと装飾的なイメージですが、実は『通気性をよくするため』というとても合理的な理由でプリーツが施されているんです。さらに丈が短めなのは動きやすくするための工夫。
こういう風に掘り下げて改めて洋服を眺めてみると、ステキだなと思ったデザインが実はとても実用的な理由から出来あがっていたり、固有の歴史に根ざしていたりします。
民族衣装には歴史や文化が色濃く反映されているので、デザイン意図を掘り下げていけば民族固有のストーリーを知ることができます。それがすごく楽しいんです」
時代を超えて受け継がれる、フランスの衣装たち
▲左上:インドのラバリ族の衣装、下:フランス製のスモック
▲プリーツのとじ方が同じ2着さらに宮田さんが見せてくれたのは、フランスの古い洋服たちです。どれもこれもあまり日常では見ないデザインばかりですが、これらにも魅力的なストーリーが宿っていました。
「日本ではあまり馴染みがありませんが、教会に行く時に着用する衣装があるんです。
1つ目は教会に行く時に着るスモック。フランスのものなのに、プリーツのとじ方が先ほどのラバリ族のものと一緒。生まれた土地も作った民族も違う2着なのにどうして作り方が一緒になるんだろうと、すごく興味を惹かれました。
さらにこのマントも教会用のもの。ジャカード織がとてもステキなんです」
▲フランス製のマント 「その他にも気に入っているのが、このボーダーのカットソーです。100年ほど前のもので、バスクシャツの原型と言われています。織り方が現代の洋服とは全然違いますが、いまでも通用するデザインですよね」
思わず見惚れる、南フランスで出会った「美しい青」
宮田さんが立ち上げたブランドでも、民族衣装に施されているような手仕事は重要な要素。手紬ぎ・手織りされたカディやハンドニットなどの他、染めの技法や天然染料にもその意識が反映されているそうです。
「ブランドでは現代の技術である量産だからこそのよさと手仕事だからこそのよさ、両方がうまく噛み合う地点を常に探っています」
「例えばquitanのアイテムであるこのカーゴパンツは、フランス陸軍で使われていたものがモデルです。ミリタリーアイテムのため形こそ量産向きですが、色は栗の木で染めました。天然染料も手仕事を感じさせてくれる要素のひとつなので、とても大切にしています。
今着ているブラウスも、桜の木の枝を使って染めたんですよ」
そんな宮田さんが「すごく好きな青があって」と言って見せてくれたのが、まるで空のような透明さを感じさせるブルーのトートバッグでした。
この魅力的なブルーは、「パステル」という植物から生み出される色だそうです。パステルは10世紀頃からフランス北部やスペイン・イギリスなどで盛んに生産されましたが、17世紀になるとインドからインディゴが入ってきたことで廃れてしまいました。けれど20世紀末に南仏の街で染めの技術が復活し、今では洋服の染料としてはもちろん、ペンキや画材なども売られているのだとか。
この長い歴史と美しさを兼ね備えたブルーに惹かれた宮田さん。なんとわざわざパステル染めを手に入れるために、現地まで行ってきたそうなんです。
「出張でパリに行った際に南仏へも足を伸ばしました。その時に購入したのがこのトートバッグです。
天然の染料は風合いの豊かさがステキですが、どうしても色が褪せていってしまいます。けれどパステルの青は1000年残ると言われているんです。とてもロマンがありますよね」
惹かれるのは、洋服の背景にあるストーリー
歴史や文化などを通して、 “作り手” を見ている宮田さん。こうした宮田さんならではの洋服の捉え方は、彼女が高校生だった頃のエピソードからも伺えます。
「高校生のころから古着が好きで、よく古着屋さんに行っていました。古着なので中には誰かが袖を通したり手直ししたものも売られています。
例えば長年愛用しているこの羽織り。裏地が直してあるんですが、意図のわからない赤いステッチが入っていたり、布が足りなくなったのか別の生地があてがってあったりします。
こうした元の持ち主の痕跡や人の手が入った部分に興味を惹かれます。どんな人だったんだろうとか、なんでこういう風に作り直したんだろうとか、洋服に宿った物語が想像できておもしろいんです。
この “人” への興味が、今の民族衣装が好きな自分にも引き継がれている気がします」
洋服というとついついコーディネートや着こなしに興味がいってしまいますが、宮田さんはまるで小説をめくって物語を味わうかのようです。
そういえば、宮田さんのブランド「quitan」の語源である「綺譚(きたん)」は、“美しい文章で書かれた優れた物語 ”という意味だそう。
実用性やおしゃれに見えるかもとても大切なことですが、宮田さんのように時にはちょっと視点を変えて、洋服を通して物語を想像するのも楽しいかもしれません。
撮影・取材・文/齋藤萌
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- プロフィール
宮田・ヴィクトリア・紗枝
(みやた・ゔぃくとりあ・さえ)
デザイナー
アメリカ合衆国ワシントン州シアトル生まれ。大学卒業後、デニムブランドのセールス、インポートブランド等の PR や企画を経験。2021 年春夏より、ユニセックスブランド“quitan” を立ち上げる。
https://www.quitan.jp/