writer 石川理恵
人それぞれの「自然とのつながり」をテーマに、この連載ではベランダや庭のあるお家を訪ねます。
第5回目は、ルーフバルコニーとベランダのあるマンションに住む、イラストレーターの谷山彩子さんを取材。
「自分が楽しむこと」を真ん中にしたベランダライフをのぞいてきました。
アゲハ蝶のために、レモンの木を植える
▲ベランダの最古参はローズマリー。入居当初から20年以上、ほったらかしでも生き残っている丈夫さで、触れたときの香りに癒されています。スープに入れたり、ジャガイモ料理に使ったりも。
「うちのベランダ、アゲハ蝶が卵を産みにくるんですよ。去年はたまたま羽化するところが見られたの。うれしくて、2時間ぐらいずーっと眺めていました」
それは夏の早朝の出来事だったそうです。谷山さんは、青虫が育つのを毎年楽しみにしていて、青虫に葉っぱを食べさせるために、レモンの木を植えたのだとか。
「青虫も植物も、飼っている猫もそうですが、何かが育つことはうれしいのかもしれませんね」
▲右がかれこれ7〜8年前、青虫のために植えたレモンの木。左のノブドウは秋冬になると葉が落ちるけれど、暖かくなると新芽がぐんぐん伸びて、花を咲かせ、さまざまな色の実をつけます。大規模修繕のリセットを経て、手に負える規模に
東向きのベランダと、北向きのルーフバルコニーがあるマンションに、谷山さんが夫婦で住みはじめたのは約20年前のこと。ウッドデッキを敷いたおしゃれなベランダガーデンをプロに設えてもらったものの、維持するのは難しく、大規模修繕をきっかけに撤去したそうです。
「しばらくはガランとしたベランダでした。でもある時、外で風が吹いているのに気づかないことがあったんです。マンションの室内にいても、葉っぱが揺れているのを見て自然を感じ取っていたのだと思うと、味気ない暮らしを送っているみたいで植物が恋しくなりました」
そうしてまた一つひとつ、植木鉢を増やすように。再開後は、自分の手に負える範囲で植物たちと付き合っています。
「北のバルコニーは植物にとって過酷なの。冬は流した水がそのまま凍るほど寒くて、夏は照り返しが強くて猫も歩けないほど地面が熱いんです。今いる子たちは、そんな環境でも枯れずに残っている丈夫な植物ばかり。冬も外に出しっ放しです」
▲いろいろ使ってみて、プランターは不織布のタイプがいちばんいいとの結論に。「軽くて、水はけもよく、鉢底石もいりません。使っていくうちに、苔むすところも私は好きなんです」。花がかわいいからと植えたドクダミは、さすがに丈夫で土も変えずに毎年10年は咲いているとか。▲右はこぼれ種から育っているシソ、左は今年はじめて植えたムカゴから芽が出てきたところ。「八百屋さんに『植えると育つよ』と教わって、食べ残した4粒を種芋として植えてみました」日々の中に、植物とのコミュニケーションがある
室内にも緑は必ず置きたいと話す谷山さん。テラスとベランダに囲まれたリビングは窓がいっぱいで、やわらかな光が降りそそぎ、植物も気持ち良さそうです。
「エバーグリーンは、夜に葉っぱが閉じて朝は開くから、寝たり起きたりするみたいでかわいいんです。もう15年目で、一時期は大きくなりすぎたのか葉っぱがほとんど落ちてしまいました。鉢はこれ以上サイズをあげたくないし、一か八かで根っこを切ったら、すごく元気に復活したんですよ。植物を切るのはかわいそうだと思っていたけれど、そうじゃないんだなあと勉強になりました」
▲陽当たりがよく、屋根もある東のベランダでは植物の育ちがいいそうです。敷石は、ガーデン時代に設えていたものをひとつだけ残し再利用。
リビングからひょいっと出られる東のベランダには、山椒、レモングラス、クレマチスなどが並んでいます。
「山椒の木は、だいぶ以前にスーパーでたけのこの隣で売っていたの。なるほどなあと思って、育てるようになりました。たけのこが出まわる時季に新芽を使えるから、小さくても重宝します」
レモングラスは生のままお茶にすると香りがよく、自家製ならでは。クレマチスはどんどん咲くので摘みとって室内に飾ることも。
「この前の連休は、ちょっと草むしりでもするかなあと思ってベランダに出たら、結局、夕方まで世話をしていました。やりはじめると、楽しいんですよね」
すべての植物が元気に育つとは限らないけれど、思いのままにならないことも含めて小さな自然との暮らしです。生きものたちに目を向ける時間が、谷山さんの毎日に豊かな余白を生み出しています。
撮影/川しま ゆうこ
取材・文/石川理恵
- プロフィール
セツ・モードセミナー卒業。HBギャラリー勤務を経て、フリーのイラストレーターに。雑誌や書籍の装画、企業広告などを手がけている。著書に『文様えほん』『十二支えほん』(ともにあすなろ書房)がある。公式HP:https://www.taniyama3.com