writer 加藤郷子
非日常がつまっている「旅」と、日常があふれている「暮らし」。
旅と暮らしは対局の存在のようにも感じますが、旅することが日常の暮らしに与える影響は、じつは大きいものです。
旅と暮らしの関係を、その人の暮らしをのぞかせていただきながらひもとく連載。
第1回目は、旅で出会ったたくさんの「味の断片」をつなぎ合わせて、自分の味を作り出す料理家、小堀紀代美さんにお話をうかがっていきます。
旅することが、料理のイメージソース
▲小堀さん宅の本棚。料理に関連する本ばかりが並びます。ジャンルごとではなく、背の色が揃うように並べているので、ごちゃごちゃせずにすっきりおしゃれ! 真ん中の本は、最近、旅したシンガポールで出会った本。
▲「こんなにたくさん持っているけれど、本のレシピを見ながら作ることはほとんどないんです」と小堀さん。でも、写真の撮り方やデザイン、色の使い方などからたくさんのインスピレーションをもらっています。カラフルな色合いの本が、壁一面の本棚にずらりと並ぶお宅。この本棚を眺めているだけで、なぜかワクワクした感覚がもたらされます。並ぶのは、ほとんどが料理に関する本で、すべてではないですが、旅先で購入したものも多くあります。
この本棚の持ち主は、「予約が取れない」との枕詞で紹介されることも多い、人気料理教室『LIKE LIKE KITCHEN』を主宰している小堀紀代美さん。
人気の秘密は、奇をてらっているわけではないのに、小堀さんらしいエッセンスがそこかしこにちりばめられている、独創的な料理が学べるから。日常の食卓に、非日常の新しい風を届けてくれるレシピとの出会いを求めて、通い続ける生徒が多いようです。
そのレシピの源泉になっているのが、ずばり旅。世界各国を旅して食べ歩いた数々の皿を自分なりに解釈し、小堀さんは味を作り上げます。日本で買える食材で、自分の食卓で作るなら、と試行錯誤をするのです。旅した当時のことを思い出しながら……。
「料理の仕事を始める前は、海外出張が多い別の仕事をしていたんです。同じところに行くことも多かったので、現地であれこれと気になったものの中で、テーマを決めて食べるようになりました」と小堀さん。
さすがは、子どもの頃からの食いしん坊、料理家デビューの前から、今回は「この料理!」と決めて、いろいろなお店で同じメニューを食べるということを繰り返していました。何軒もはしごをしたこともあったそう。その流れで、旅先の本屋さんでは、料理本を必ずチェックするようになり、買い求めるようになりました。
▲ハンガリーを旅したときに出会ったグヤーシュスープ。「本場では具を細かく切って煮込んだものも多くて、豚汁のような存在なんだと感じました。せっかく長時間煮込むので、私のレシピとしては、具を大きくしてごちそう感が出るように仕上げました」
▲グヤーシュスープを準備する小堀さん。一部自分スタイルにリフォームしたキッチンも、どことなく、海外の雰囲気を感じさせます。 小さなテーマが旅の奥行きを広げ、暮らしにも役立つ
▲左:ラグは日本で買い求めたものですが、旅先で見た風景がヒントになり、何枚も重ねるように敷いてみることに。右:「しまうところがなくて、出している」というティーポットやミルクピッチャーは、カップなどといっしょに、大量なセットで購入。「旅のスタートのポルトガルで買ってしまい、その後、ドイツ、フランスと持ち歩くことになって、大変でした」
じつは小堀さん、旅のときは毎回「このメニューを食べ尽くす!」以外にも、小さなテーマを作るのだそう。
「例えば、今回の旅は、赤色ばかりを意識してみようという感じ。そして、ひたすら気になる赤の写真を撮る。
ほかにも、モザイクタイルが好きだから、どこに旅しても写真を撮るのですが、今回は必ず、自分の足を入れて撮ろうと決めてみたことも。椅子ばかり撮っていた旅もありました」
そんなふうに旅先の景色を分解して、琴線に触れるものを意識して写真を撮る。そうすることで、自分の視点も変わり、旅の解像度もぐっと上がるようです。
ものとして、日常の暮らしに持って帰ることはできなくても、自分の中に残るものが大きくなり、日常の暮らしへの作用もありそうな、すてきなアイデア。次の旅から早速試してみたくなります。
今回の取材で、久しぶりに昔の旅日記を見返していた小堀さん。
「記録はあるけど、記憶がないんですよ!」と笑いますが、読み込むうちに、「この組み合わせ、ぜんぜん味は覚えてないけど、おいしそう!」と、再びの発見をされていました。
旅はふとしたときに、自分の暮らしに効いてくる。こうやって、また、旅をもとにした新たなレシピが生まれそうです。
旅のおすそわけ写真①
▲すてきなタイル床を足といっしょに撮ると決めて、撮り続けているシリーズ。(写真:小堀さん提供)
旅のおすそわけ写真②
▲赤ばかり撮るとテーマを決めて旅したときの写真。自分の視点が変わるので、街を歩いていても、お店に入っても気づきが多くなる試み。(写真:小堀さん提供)
撮影/松元絵里子(小堀さん提供分以外)
取材・文/加藤郷子
- プロフィール
料理教室『LIKE LIKE KITCHEN』を主宰するかたわら、雑誌、広告、テレビなどで、レシピを紹介。著書に、『ライクライクキッチンの食後のデザート 予約のとれない料理教室』(文化出版局)、『ライクライクキッチンの旅する味 予約のとれない料理教室レッスンノート 』(主婦の友社)、『予約のとれない料理教室 ライクライクキッチン「おいしい!」の作り方』(主婦の友社)など。instagram:@likelikekitchen