第1回 料理家・小堀紀代美さん/旅で自分の味を作る

2023/09/21 公開 

第1回 料理家・小堀紀代美さん/旅で自分の味を作る

writer 加藤郷子

非日常がつまっている「旅」と、日常があふれている「暮らし」。

旅と暮らしは対局の存在のようにも感じますが、旅することが日常の暮らしに与える影響は、じつは大きいものです。
旅と暮らしの関係を、その人の暮らしをのぞかせていただきながらひもとく連載。

第1回目は、旅で出会ったたくさんの「味の断片」をつなぎ合わせて、自分の味を作り出す料理家、小堀紀代美さんにお話をうかがっていきます。

旅することが、料理のイメージソース

▲小堀さん宅の本棚。料理に関連する本ばかりが並びます。ジャンルごとではなく、背の色が揃うように並べているので、ごちゃごちゃせずにすっきりおしゃれ! 真ん中の本は、最近、旅したシンガポールで出会った本。
▲「こんなにたくさん持っているけれど、本のレシピを見ながら作ることはほとんどないんです」と小堀さん。でも、写真の撮り方やデザイン、色の使い方などからたくさんのインスピレーションをもらっています。

カラフルな色合いの本が、壁一面の本棚にずらりと並ぶお宅。この本棚を眺めているだけで、なぜかワクワクした感覚がもたらされます。並ぶのは、ほとんどが料理に関する本で、すべてではないですが、旅先で購入したものも多くあります。

この本棚の持ち主は、「予約が取れない」との枕詞で紹介されることも多い、人気料理教室『LIKE LIKE KITCHEN』を主宰している小堀紀代美さん。

人気の秘密は、奇をてらっているわけではないのに、小堀さんらしいエッセンスがそこかしこにちりばめられている、独創的な料理が学べるから。日常の食卓に、非日常の新しい風を届けてくれるレシピとの出会いを求めて、通い続ける生徒が多いようです。

そのレシピの源泉になっているのが、ずばり旅。世界各国を旅して食べ歩いた数々の皿を自分なりに解釈し、小堀さんは味を作り上げます。日本で買える食材で、自分の食卓で作るなら、と試行錯誤をするのです。旅した当時のことを思い出しながら……。

「料理の仕事を始める前は、海外出張が多い別の仕事をしていたんです。同じところに行くことも多かったので、現地であれこれと気になったものの中で、テーマを決めて食べるようになりました」と小堀さん。

さすがは、子どもの頃からの食いしん坊、料理家デビューの前から、今回は「この料理!」と決めて、いろいろなお店で同じメニューを食べるということを繰り返していました。何軒もはしごをしたこともあったそう。その流れで、旅先の本屋さんでは、料理本を必ずチェックするようになり、買い求めるようになりました。

▲ハンガリーを旅したときに出会ったグヤーシュスープ。「本場では具を細かく切って煮込んだものも多くて、豚汁のような存在なんだと感じました。せっかく長時間煮込むので、私のレシピとしては、具を大きくしてごちそう感が出るように仕上げました」
▲グヤーシュスープを準備する小堀さん。一部自分スタイルにリフォームしたキッチンも、どことなく、海外の雰囲気を感じさせます。

記録を残すことが、自分の糧になる

▲以前に書き留めていた旅日記を見返す小堀さん。開いたページには、行きたいと思ったレストランの雑誌の切り抜きが貼ってあり、実際に食べたものや感想などが書き留められていました。
▲いろいろ思い出すこともあるようで、読み返しながら、自然に笑顔がこぼれます。

出張のときも、プライベートの旅行のときも、小堀さんはこまめに旅のノートをつけてきました。行った店のショップカードや雑誌の切り抜きを貼ったり、食べた料理の絵を描いたり、撮った写真を貼り付けたり。ノートの中には自分なりの気づきメモもたくさん!

料理家になる前からの習慣だったので、純粋に旅を楽しむための行動。「英語が得意なわけじゃないから、あくまでも想像だったり、レシピを教えてくれた相手が途中をすっ飛ばしていたり」と笑いますが、そのときの記憶が、今の小堀さんの味を作っていることは間違いありません。

同じ料理をひたすら食べ、写真を撮り、記録に残すーー。

その繰り返しによって、旅がただ一度きりの経験として通り過ぎていくのではなく、自分の中に積み重なり、奥深くなっていく、ということなのでしょう。

▲グヤーシュスープに使うパプリカパウダー。左からハンガリー、台湾(スペイン製)、スペインで買ってきたもの。パッケージがかわいい! 旅先では、スーパーも欠かさずのぞきます。
▲小さいグレーターはアメリカで購入したもの。「ちょっとにんにくをすりおろしたいときに便利」。右は台湾で見つけた麺の湯切り用のざる。木の持ち手に惹かれたそう。持ち手が長すぎたので、少し切って愛用中。ひと手間かけて、愛着もひとしおです。

小さなテーマが旅の奥行きを広げ、暮らしにも役立つ

▲左:ラグは日本で買い求めたものですが、旅先で見た風景がヒントになり、何枚も重ねるように敷いてみることに。右:「しまうところがなくて、出している」というティーポットやミルクピッチャーは、カップなどといっしょに、大量なセットで購入。「旅のスタートのポルトガルで買ってしまい、その後、ドイツ、フランスと持ち歩くことになって、大変でした」

じつは小堀さん、旅のときは毎回「このメニューを食べ尽くす!」以外にも、小さなテーマを作るのだそう。

「例えば、今回の旅は、赤色ばかりを意識してみようという感じ。そして、ひたすら気になる赤の写真を撮る。

ほかにも、モザイクタイルが好きだから、どこに旅しても写真を撮るのですが、今回は必ず、自分の足を入れて撮ろうと決めてみたことも。椅子ばかり撮っていた旅もありました」

そんなふうに旅先の景色を分解して、琴線に触れるものを意識して写真を撮る。そうすることで、自分の視点も変わり、旅の解像度もぐっと上がるようです。

ものとして、日常の暮らしに持って帰ることはできなくても、自分の中に残るものが大きくなり、日常の暮らしへの作用もありそうな、すてきなアイデア。次の旅から早速試してみたくなります。

今回の取材で、久しぶりに昔の旅日記を見返していた小堀さん。

「記録はあるけど、記憶がないんですよ!」と笑いますが、読み込むうちに、「この組み合わせ、ぜんぜん味は覚えてないけど、おいしそう!」と、再びの発見をされていました。

旅はふとしたときに、自分の暮らしに効いてくる。こうやって、また、旅をもとにした新たなレシピが生まれそうです。

旅のおすそわけ写真①

▲すてきなタイル床を足といっしょに撮ると決めて、撮り続けているシリーズ。(写真:小堀さん提供)

旅のおすそわけ写真②

▲赤ばかり撮るとテーマを決めて旅したときの写真。自分の視点が変わるので、街を歩いていても、お店に入っても気づきが多くなる試み。(写真:小堀さん提供)

撮影/松元絵里子(小堀さん提供分以外)
取材・文/加藤郷子


プロフィール

小堀紀代美(こぼりきよみ)

料理家

料理教室『LIKE LIKE KITCHEN』を主宰するかたわら、雑誌、広告、テレビなどで、レシピを紹介。著書に、『ライクライクキッチンの食後のデザート 予約のとれない料理教室』(文化出版局)、『ライクライクキッチンの旅する味 予約のとれない料理教室レッスンノート 』(主婦の友社)、『予約のとれない料理教室 ライクライクキッチン「おいしい!」の作り方』(主婦の友社)など。instagram:@likelikekitchen

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