writer 加藤郷子
非日常がつまっている「旅」と、日常があふれている「暮らし」。
そんな旅と暮らしの関係を、暮らしをのぞかせていただきながらひもとく連載。
今回は、小学生と高校生の姉妹の母でもある、編集者の堺あゆみさんのお宅におじゃましました。旅のおかげで、すてきなインテリアが生まれ、人生にも多大な影響があったようです。
▲DIYで取り付けた棚の前にソファを置いたり、ダイニングテーブルを斜めに配置したり。海外インテリアを彷彿とさせる。現地の暮らしを感じながら、旅をするのが好き
壁や棚に飾られた絵や写真、そしてお皿。部屋のあちこちに置かれた照明スタンド。ひとひねりを感じるテーブルやソファのレイアウト。堺さんのお宅におじゃますると、まるで海外のお宅におじゃましたかのような気持ちになれる空間が広がっています。
「父が船のエンジニアとして世界を回ったり、アメリカの会社に勤めていたりしたこともあり、海外出張が多かったんです。私自身は、福島の自然豊かな場所で育ちましたが、小さい頃から海外はそう遠くない存在でした」と振り返る堺さん。
外国の写真、切手やコインに気持ちをワクワクさせつつ、地球儀を見ながら父の話を聞くのは、とても好きな時間だったそうです。
▲パキスタンを旅したときに友人にもらった、アフガニスタン製の塩袋。和室のしつらいに。 大学生となり、友人たちとグアムやシンガポールなどに旅に出て華やいだ女子旅も経験しますが、いちばん心に残っているのは、途上国支援のプログラムで1か月ほど旅したバングラデシュでした。
「人々が必死に生きていて、エネルギーに満ちていて。こういう旅が好きだ!と気づきました。人々の営みが感じられる食料品市場やアンティークマーケットのおもしろさにも、この旅ではまりましたね」。以来、マーケットや市場は、堺さんが旅先で必ずのぞく場所になっています。
▲1930〜40年代の雑誌の広告ページを、パリのアンティークマーケットで購入。額装して玄関に飾っている。
▲イスタンブールで購入したスチール製の皿は、壁に取り付ける器具を日本で購入して飾った。旅先では、可能なら現地の人のお宅訪問もするようにしているのだそう。海外赴任をしていた友人を訪ねてパキスタンやパレスチナを旅したときも現地の人のお宅におじゃまして暮らしぶりを体験。昨年には日本で知り合ったフランス人の友人を訪ね、そのお宅に滞在しながら、パリ&バルセロナを旅しました。
マーケットや市場をのぞいては、気になるものを自分へのお土産にしたり、日本とは違う暮らしぶりやインテリアを実際に体感してきたり。長年に渡って楽しんできた旅の経験の積み重ねが、堺さん宅の暮らしをつくり上げています。
「アンティークマーケットでは、紙に注目します。軽くてかさばらず持ち帰りやすいですし、昔の本はペラ1枚でも味わいがあります。額に入れれば、インテリアとして長く楽しめます。マーケットは、お店の人と会話ができて、暮らしぶりに触れられるのもいいんですよね」
旅で、人生が変わることさえある
「自己肯定感低めで、人の目を気にしすぎるタイプ。そのうえ心配性で……」と自分のことを分析する堺さん。でも、旅に出ると、そんな自分から自由になれて、すごくラクになるのだそう。
「地球規模で自分を客観視できて、私の悩みなんて小さいと思える。どんなに大変な状況でも、『大丈夫だよ~』とおおらかに笑い飛ばすような人たちと出会うと、自分も『もっと人生を楽しまきゃ!』と気持ちがリセットされます。どんな自分でもいい、ありのままでいいと言われているようで、自分が好きになれるんですよね」
▲バルセロナの書店で購入した紙製の地球儀。組み立てると立体になり、行った国に赤いピンが挿せるようになっている。10年ほど前には、今、戦争で大変なことになっているパレスチナに、娘をふたり連れて旅したことも。海外赴任をしていた友人を訪ねるというのがきっかけでしたが、そこで出会った「フリーカ」という穀物のおいしさに魅了され、日本に紹介したいという気持ちが極まって、なんと食品輸入の仕事まで始めてしまいました。
フェアトレードで取り引きできる業者を見つけ出して訪ね、帰国後は何もわからないところから調べて輸入の手続きを進め、PRも自分でこなして、卸販売。紛争地からの食品輸入のハードルは高く、本業である編集業とはまったく勝手の違う仕事に翻弄されながらも、まい進。
旅が、自分の人生の舵をきるきっかけになったといいます。
▲フリーカは、小麦の若い芽を収穫してロースト&乾燥させた穀物。お米のように炊いて、サラダにするのが、堺さんの定番。子育てや介護のことなどもあり、なかなか自由に旅ができなくなったと感じている今でも、やっぱり堺さんにとって旅は、優先順位の高い大切な事柄。かろやかに旅立ちます。なぜ、そんな決断力、行動力があるの?という問いに、
「じつは予約までしていた母の最初の海外旅行になるはずだった旅が、病気の悪化でいけなくなり、母はそのまま他界。40代でした。そんな経験もあり、『行けるときは行く!』と。ものはなくなるけれど、体験は残ります。視野も大きく広がる。子どもたちにも伝えていきたいと思っています」。
今も、行きたい国はいろいろ思い浮かぶのだそう。旅に出にくい現状も受け入れつつ、それでも、堺さんはきっと、またかろやかに旅立つことでしょう。
▲旅先では食品も購入し、ふだんの食生活に活用している(真ん中の箱が堺さんが魅了されたフリーカ)。
▲エコバッグは旅先でよく入手するもののひとつ。「デザインがすてきなものが見つかるから」。再使用するポリ袋収納に活用。旅のおすそわけ写真①
▲パキスタンで訪ねたお宅の室内の様子。写真:堺あゆみさん提供
旅のおすそわけ写真②
▲バルセロナを旅したときに滞在した友人宅。インテリアのヒントがあちこちに見つかる。写真:堺あゆみさん提供
旅のおすそわけ写真③
▲人々の暮らしが垣間見られるマーケットには必ず足を向ける。左がトルコ・イスタンブール、右がベルギー・ブリュッセル。写真:堺あゆみさん提供
撮影/松元絵里子(堺あゆみさん提供分以外)
取材・文/加藤郷子
- プロフィール
書籍や雑誌、Web企画などで活躍するフリーランスの編集者。大学を卒業後、旅行代理店に勤務するが、旅のアレンジよりも自分が旅をしたいのだと気づき、退職。出版社勤務を経て、独立。途上国支援をしたいという学生時代からの夢をかなえ、パレスチナからフェアトレードの食品輸入をする事業を立ち上げる(現在休止中)。Instagram:@editjapan